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ココロサイズ

ココロサイズ

僕の身体は日々成長し 日々衰え続けている
僕のココロは日々退化し 日々萎んでいくらしい

身体の大きさにあった ココロのサイズは
いつのまにか失われてしまって
僕の身体にぴったりだったココロは
今は芯の薄くなった棒みたいに 僕に突き刺さっているだけだ
ときどき身体の中のあっちこっちにぶつかって
少し痛む程度で 壊れるまで傷つくこともない

みんな必死になって ぴったりだったサイズを取り戻そうと
お金を稼ぎ 恋に溺れ 仕事に明け暮れ 趣味を持つ
隙間はいつのまにか
目に見えるもの お金に変えられるもの 手に取れるもの
それだけで埋められると盲目的に信じている

それは成長した僕らでは もう二度と手に入れることが出来ないという
一種の思い込みか 回顧主義か 錆びたロマンチズムか
しがらみの首輪 世間の鎖 僕を見つめる無数の目
僕は常に挙動不審の迷子のようなのに
いつも背を伸ばしては理路整然と 時には冗談を交えて
明日の道行きの話ばかりしていく
予定がないということは 僕のココロの隙間を埋められないということだ

ときどき、身体の中に痩せたココロがカラカラとぶつかる音が
外に漏れてはいないかと あまりの恐ろしさに胸をかきむしる
そしてあまりに栄養失調のココロに愕然として
慌てて手を離しては 見ないフリをする

僕の身体は日々成長し 日々衰え続けていく
僕のココロは日々退化し 日々無言のまま腐り始めている


*************************

シュールというよりも「捻くれた」散文詩ですネエ。
って自分で書いていて言うなよ(笑)

今、「詩」って分野って、あまりにも「かけ離れている」
でしょう?

「詩のサイト」は多くとも、実生活の中に「詩」は必要じゃないん
だよね。「歌詞」で代用されていても。

「貴方の心に届くといいな」みたいなフレーズは、よく詩で
使われるものだけど、それってさ、
「希望しちゃいけないんだよね」と思います(特に作者は)

「届ける」ことが言葉の持つ使命であって、わざわざ「届くといいな」
って、おかしいんですよ。
既にそこで「私の感じた琴線に触れてくださいね」っていう希望を
注意書きしているようなものじゃないですか。
まあ、注意書きされても琴線に届かなかったら回れ右すればいい
だけの話なんですけどね。

そう、この「回れ右できない」威力。
これが「詩」には一番大事なことなんじゃないかなあ。と思ったり
します。

「どう感じるかなんて千差万別」「わざわざ誘導する必要がない」
そういうポテンシャルが無くなっているような気がするんだよね。
これは読者にも、作者にも。もちろん未来も含めて、ね。

「ステキな詩が読みたい!」と、強烈に願うことってありますか?
「面白い本が読みたい!」と、同じぐらいに。

ないのはどうしてなんでしょうね?

■拍手サンキュ
拍手の更新を「週に一度のベリィショート」ぐらいにしたら、
「イヤッ」なんていう人もいないと思うのだけど・・・どうかな。
未来は毎日やっているので、別に差し障りはないのですが、日課に
なっていると「飽きる」でしょう。

目新しさがないのは良くないな。と思うばかりですので、
「日々・更新」を見直そうかと思っています。

といって「毎週・月曜日更新」とかすると、「その日しか」人が
来なくなってしまうので「それもねー・・・」と、ジレンマの
しどころです。

つまりは、もっと面白いものをどんどん書かない未来のせいでも
あるんだけどね。

↓いつもサンキュ。「あ、昨日は4人来てくれたんだ」という指標に
なって、とても重宝しています。サンキュ。


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